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October 31, 2005

事実は小説より・・・

先週土曜、会計講座が終わって帰りのバスに乗ったら、
いきなり後から「先生!」と声をかけられてびっくり。

おお、なんと1年以上前に教えたことのある李くんではありませんか!
でも担任でもないし、彼のクラスには週に2時間くらいしか行かなかったのに、よく覚えててくれたなあ。
しかし同じバスに乗り合わせるなんて、ほんとすごい偶然!

目的地まで20分ほどのあいだ隣合わせに座り、日本語と中国語ごちゃまぜでおしゃべり。
「先生、この単語知っていますか」と言って、携帯で(やはり現代っ子だ)「縁份」と入力して見せてくれる。
「ああ、それは日本語で『えん』。「有縁份」は『えんがあります』といいます。」
「あ~、わたしたちはえんがあります。だから・・・(以下中国語)困ったことがあったら私に言ってください」

儀礼上のことだったとしても、こう言ってもらうと嬉しいもんです。
当時の担任の先生も交えて、そのうちいっしょにご飯を食べよう!と約束して分かれました。

彼はパンクロックが大好きで、バンドで活躍中。
去年までは日本人のメンバーもいて、がんばって日本語で交流するようにしてたそうな。
こんなところから少しずつ、若者たちがお互いに親しみを持ってくれたらいいな、とちょっと幸せな気分で家路についたのでした。


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October 27, 2005

戦慄の完全リサイクル社会

先日のこと。アパートの前にある大きな集合ゴミ箱にゴミを入れていたら、三輪車を引いた回収屋のおじさんが近づいてくるのが見えました。

このあたりは、公共の仕事としてゴミを集めに来る人のほかに、再利用できるものを探しては持っていく人がたくさんいるのは知っていましたが、直接見かけたのは初めて。

とりあえず、ペットボトルや缶を集めた袋は持っていきやすいようにわざと外に置き、その他の一般ゴミはゴミ箱に入れました。

さて、おじさんがどんなふうにモノを集めていくのか興味津々。
引きあげたフリをして、アパートの階段の窓からこっそり観察していました。

まず、当然の事ながら外に置いた袋は三輪車の荷台へ。
あとはどうするのかと思ったら、おやや、ゴミ箱のなかに手と顔を突っ込んで・・・
ま、まさか・・・全部開けてるんじゃ・・・

しかし、そのまさかなのでした。
私が入れたゴミ袋2つをどちらも開けて、使えるモノがないかどうか詳細に調べている模様。
5分ほどもがさがさやった結果、おじさんが選び出したモノは、

3年前に買い、使い倒して表紙が取れたので捨てた北京ポケット地図。
コピー紙、封筒、広告などちり紙以外の紙全部。
布類全部。
でした。

ひええ~、これじゃあプライバシーなんてないも同然だ~。
今回見られて困るモノは特に入ってなかったからよかったけど、ゴミの捨て方には気をつけなきゃあ。

汚れに汚れているゴミ箱の中を見るたびに「どうしてみんなちゃんと袋に入れて捨てないのかしらっ」
と腹を立てていたのですが、これでわかりました。
袋に入れてあっても、全部バラされてしまうんですね・・・。

自分がモノを捨てても、必ずどこかで生かされているのであまり良心の呵責を感じなくて良い、
というのは助かるのですが、あんまり何もかも見られるのもねえ。
日本みたいに、出す側が分ける分別収集の方法はまだまだ実現しそうにないし、それまでは自衛手段を講じるしかなさそうです。

とりあえず、今後回収のおじさんたちとは鉢合わせしないように気をつけようっと。

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October 25, 2005

座右の銘

今日は、私のレポートについてある方から批判のメールが連続できて、それに対応してるだけで疲れちゃいました。
考え方がよって立つところが全く違うので、納得させることは絶対できないのだけど、とりあえず激高させないように、かつ自分の意見はちゃんと言わなければ・・・。やれやれ、難しいのう。


久々に、座右の銘を思い出しました。
「弱い犬ほどよく吠える」。


これまでもだいたいそうだった。
自分に自信がない人とか能力のない人のほうが、自分を大きく見せようと必死になって声高に相手を威圧しようとするものです。
そういうひとにガーガー言われてる間、繰り返しこの言葉を頭の中で唱えていたっけ。

そして
かっこわる~い、
私は決してこんなふうにならないぞ、
無駄ぼえしない、大きな犬になるのだ、と思っていました。


なるべくそういうふうになろうと努力してるけど、実際はどうかな?


しかし、以前ほどこの言葉が頭に浮かばなくなったということは、ストレスが少ない生活をしてるってことかしらん。


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October 17, 2005

しらんよ、もう。

またまたやってくれましたねえ。「小犬」ちゃん。
昇殿せずにスーツで、っていうのが苦肉の策らしくて笑えるけど。

タイミング悪すぎ。
「神舟6号」の帰還で国を挙げてがーっと盛り上がってた最中だよ。
その高ぶりが、まんまがーっと反日感情に転化されちゃったんだよ。
知らないよ、もう。どうやって収拾つけるつもりなのさ。
来年の任期切れまで、見ざる聞かざる言わざるで逃げ通すつもり?

いろいろインターネットで記事を読んだけれども、納得できないことがいっぱい。

読売On Line
「首相が秋に参拝したのは初めて。靖国神社側は『歴代首相は例大祭中に参拝している』として、17~20日の秋季例大祭中に参拝するよう求めていた。」

これがもしほんとだったら、明らかに政教分離に反してるんじゃないかなあ。
なんで神社が首相にこんなこと要求できるわけ?

Sankei Web
「首相は参拝後に自民党の中川秀直国対委員長と会い『秋の例大祭だから、マスコミの皆さんがずっと待っているから、待たせていては申し訳ない。おれは絶対に参拝するんだから』と述べた。」

あっそう。
もしほんとにそうでも、こんな情けない話、マスコミに書き立てられるルートにはしゃべんないでほしいな。

せめてもう少し、自国民のことを考えてくれないかしら。

自分の信条のためだったら、
「国益」も、「在外邦人」の安全もどーでもいいわけね。
もういいよ。わかったよ。
キミみたいな人が国のトップである限り、私は日本人であることを悲しむよ。
もう何にも期待しない。今までもたいしてしてなかったけど。

追伸:
キミが大好きなアメリカも「これはまずいよ」って言ってるみたいよ。

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October 16, 2005

久々に学生

今日から週1回、中国の「会計就業資格」をとるための講座に通い始めました。

会社を作るときにちょっとだけ自分で勉強したのと、中国の企業調査報告書を作成したりしているうちに多少会計のことがわかってきて、興味はあったのです。
ある日、とある方から「これから中国の会計を知っている人の需要が増えますよ~」と勧められ、また私自身会社のためにこういう知識はしっかり持っておいた方がいいだろうな、というのもあって、来年3月の試験を受けることにしました。

幸い、その講座が開かれる大学までは我が家からバス1本。
土曜の昼間ということもあって渋滞もなく、始まる30分前に到着。
「あら~、余裕だったわね~。あと15分出かける時間遅くしても大丈夫じゃん」
と思いながら教室に入ったら、

「・・・・・。」
ざっと見て200人は入るひろーい教室が、もうほとんどいっぱい!!

やっとはるか向こう、入口の反対側に席を見つけて座りましたが、次から次から押し寄せる学生に教室は大混雑。
やがて座りきれずに後ろに立っていた学生たちがわらわらと出て行ったと思ったら、事務担当の先生から「入りきれないので二つの班に分けます!」とアナウンス。
・・・って、先生はどうすんの!?
それより先に、教室のキャパ考えた定員て設けてなかったの!?

数々の疑問を残しつつも、とにかく授業開始。
今日からしばらくは「会計基礎」の講座。
先生は私よりちょい年上かと思われる女性なのですが、午後1時過ぎから午後6時まで、2回、計20分ほどの休みを取ったほかはしゃべりっぱなし!!

日本語教師のころの経験から言うと、25人を相手に4時間授業をするだけでかなり疲れるんですよ。
それが200人相手にぶっつづけ4時間半・・・信じられないパワーだ・・・。

始まる前は、「黒板に書いてもらえば理解できるし、教科書もあるからそれを見ながらついてけば、なんとかなるだろ~」と気楽に考えていたのですが、甘かった・・・!
まず、黒板に書かれる字が読めない。
黒板に向かって右のはじに座ってしまったので、遙か黒板の左はじから書かれる文字が遠すぎ。
しかも、中国人は「くずし字」がたいへん得意で、この先生も勢いに乗ってくると私なんかにはどこからどこまでが一文字なのか分からない字になってしまいます。
こっそり隣の女の子のノートを盗み見ても、結局「くずし字」なので解読できず。

結局判読できないところはあけておき、先生が改めて説明するのを必死に聞きながら、文字の形と発音から「あ、あれか」と察しては埋める、という、眼と耳と想像力をフルに働かせる状態が4時間半続きました。
ぐったり・・・こんなに集中したのいつ以来だろ。

今日やったところは、実はちょっと自分で本を読んだこともあって、基礎的なことは頭に入っていたのですがそれでこの状況。
こりゃいかん。予習なしじゃとてもついていけん。
しまったなあ。こんなめんどうなことだとは思わなかった。
来週からは席取りもかねて1時間前に行き、予習することにしよう・・・。

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October 14, 2005

会っちゃった その3?

少し前のことになりますが、連休中に「軍事博物館」を見学しに行きました。
「軍事博物館」ですよ!日本だったら絶対ありえない名前。

私が生活及び仕事をしている区域は北京市の東側に偏っているのですが、
この「軍事博物館」はちょうど中心部を挟んで西側にあるため
これまで「のぞいてみたい」とは思ってもなかなか行く機会がありませんでした。

gunji1

外観はこんなふう。石造りの堂々たる建物。
連休中だったので、地方から来たツアー客でいっぱいでした。

gunji2中には、大はミサイルから小は拳銃まで、ありとあらゆる「武器」が展示されています。
大戦中の旧日本軍の落とし物と思われる軍刀、ライフル銃などもたくさん展 示されてました。
これを使ってた人、いったいどうなっちゃったのかなあ・・・などと考えたりして。

とにかく武器、武器、武器の連続に、やや心理的に疲れて最後にたどり着いた一角に、「程允賢 美術館」なる看板が。
入ってみると、巨大な「○○元帥像」とか、共産党の指導者達の胸像などがずらりと並んでいます。

な~んだ、「共産党バンザイ」の作品ばかりか、と内心こけにしながらもざっと見て、最後の一角に来たとき、わが目を疑いました。

hara

なんと、原正市さんじゃありませんか!

原正市さんというのは北海道の農業技術者で、寒冷地におけるイネの栽培技術を研究し続け、
退職後は中国の黒龍江省で20年にわたり米作りの指導にあたった方です。
現地の農業関係者でそのお名前を知らない人はいないほどだとか。
残念ながら3年前にお亡くなりになり、それを知ったときには「あ~、早いうちにお会いしてお話を伺っておくべきだった!」と悔やんでも悔やみきれない思いをしたものです。
その原さんに、こんなところでお会いしようとは!

台座にある説明によると、この像は複製で、中国政府から寄贈されたホンモノは北海道にあるんだそうな。知らなかった・・・。

この一角にはそのほか、もうひとりの農業指導者と、計画出生の専門家、あわせて3人の日本人の像が展示してありました。
おそらく皆、中国の社会に貢献した方々なのでしょう。

「旧日本軍に壊滅的打撃を与えた誇るべき国産ミサイル」と、これとがいっしょの建物に展示してあるあたり
こだわりがないというか、懐が深いというか、何でもありというか・・・

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October 11, 2005

会っちゃった その2

「郭さん」とお会いしたその日の夜は
いつもラジオでお世話になっているNキャスターとお食事。
北京にお友達と旅行にいらっしゃったのですが
そのお友達というのが、私の元職場の同期だということが判明!

ひえ~、辞めてからこんなにたって、
しかも北京で同期に会うなんて思っても見なかったよ~。
しかも相手は私をなんとなく覚えているというのに、
私はさっぱり・・・申し訳ない・・・。
ほんと、人間どこでどうつながっているかわからんもんです。

その日は北京ダックの後、12時頃まで飲んで、
お二人とあれやこれや語り合ったのでありました。
あ~、充実した1日だったなあ。

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会っちゃった その1

会っちゃいました~。
溥儀の皇后「婉容(えんよう)」の弟さん。
御年94歳。

私の知り合いの知り合いが、この方と同じ○○族
(忘れてしまった。モンゴル族のさらに細かく分かれた部族)で、
そのつてでご紹介頂いたのでした。
この知り合いと話すときは、モンゴル語なんですね~。
んで、私たちと話すときは日本語、時々中国語。

「今の新しい言葉は分かりませんけれども、
昔の日本語でしたらまだ覚えております」
とこんなぐあいに、実に美しい日本語を話されます。
それもそのはず、1928年(だったかな)に日本に行って
学習院高等学校→学習院大学で学ばれたとのこと。
その後、士官学校と騎兵学校へ。
「溥傑と一緒に士官学校に入りましてねぇ」なんてことをさらっとおっしゃる。
おお~・・・。
部屋には周恩来、溥傑、浩夫人と一緒に写っている写真が。
ちなみにこの方の奥様は溥儀の妹さんだそうな。

騎兵学校にいた頃は、学生たちが多少ワルをしても、警察は見て見ぬふりだったのだとか。
浅草辺りでけっこう楽しくすごされていたらしいです。
耳がちょっと遠くおなりなので、スピーディな会話はできないのだけど、こんな面白い話をちょこちょこ聞かせて頂きました。

戦後、鍼灸をもとに独自の理論をプラスした「郭氏療法」というのを編み出し、自宅を療養所にしてそれで生活してこられたそうです。
(注・この方のお名前は正確にはモンゴル語なので、漢族の名前とはちょっと趣が違うのですが、漢族ふうに「郭」と縮めたお名前で通していらっしゃるのです)
アメリカやオーストラリアの医大に請われて、教えに行かれたこともあるとか。
今はお孫さん(かわいらしいおじょうさん)と二人でやってらっしゃいます。

聞きにくい話はお孫さんに聞いてみました。
「戦後、『ラストエンペラー』とか、いろいろなドラマや小説が出ましたよね。
事実と違うところもあると思うんですけど、おじいさまはそれについて何かおっしゃったことは?」

「祖父は『ああいう映画や小説は作者の思いが入っていて、いろいろ誇張したりねじ曲げたりしているところもある』というのであまり見ないんです。」
う~む。やはり。

「たとえば、婉容(この方のお姉様)は皇后の地位に固執したというふうによく言われますが、そんなことはないんだそうです。
当時はここの家はとても裕福だったんですが、裕福な家の親は、だれも娘を入宮なんてさせたがらなかったそうです。
宮中での生活はとても孤独ですから」
どこの国でもそうなのね・・・。

自分の家族のこととか、好き勝手にねじ曲げられて喧伝されるのはたまらんだろうなあ。
特にこの方のお姉様は、阿片中毒になって孤独で悲惨な最期を遂げてしまわれたし。

このお孫さんとは、そのほかにも療法のことを教えてもらったりして、仲良くなりました。
またお二人にお会いしたいな。

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October 07, 2005

いよいよ秋

国慶節の法定休日も今日まで。
この7日間、北京の町中は観光地を除いてはいつもより人も車も少なく、快適でした。
今日は某社で仕事をしてきたのですが、ふだんはいつも渋滞に引っかかって1時間近くかかる帰り道も今日は30分足らず。
いつもこんなんだったらいいのに・・・!

あす、あさっては「振替出勤日」となっていますが、休みにするところも多いみたい。
私も連休中ちょこちょこ働いていたので、明日から3日間は日本の休みに合わせて休みます。

この国慶節休みが終わる頃から、北京はぐんぐん寒くなります。
気が付けば街路樹の葉も黄色っぽくなってきたし、
秋冬の風物詩、甘栗と焼き芋もでてきました。

ところで、明日はなんと、「ラストエンペラー」溥儀の皇后「婉容(えんよう)」の弟さんという方にお会いします。
小さい頃は溥儀・溥傑兄弟とも遊んだとか。
すごいな~、歴史の生き証人だ。
なんだか緊張する~。

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October 06, 2005

唸るセンス

hen 先日、地下鉄に乗ったとき、目の前に立った女の子のズボンにプリントされていた日本語。
デジカメの中の写真を見るフリして、こっそりとっちゃいました。

「流行にとらわれない、
独自の感覚でひたる」・・・
最後は見えにくいですが「大阪」と結ばれています。

むーう、いったいこれはどこから仕入れたんだろう?
たずねる勇気がないまま、私は地下鉄をおりました。

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October 03, 2005

最近嬉しい話が多い

友人がらみで朗報が続きました。
きのう、軽井沢で行われた「ラブソングアウォード2005」(アマチュアミュージシャンの大会)で、
釧路市在住のデュオ、「HEATVOICE(ヒートボイス)」が全国527曲の応募の中から第3位に選ばれたのです。

彼らとは7年前に知り合い、何度か仕事でお世話になり、そのあとも蔭ながらずーっと応援していました。
二人とも仕事をしながら音楽活動を続けていて、ライブのほか地元のいろいろな催しにも出演。
彼らの歌の、そして人柄の魅力を反映してか、応援団もたくさんいます。

いい歌を書くんですよ。聞いていてほっとする、慰められる、そして前を向いてがんばろうと思えるような歌。
私も何度となく励まされました。

彼らの歌がたくさんの人に認められたことがとても嬉しい。
今年で結成10周年だそうですが、息長く歌い続けていって欲しいと願っています。

興味がある方はこちらから「アルバム試聴版」を聞いてみて下さい。
→ http://www.heatvoice.com/

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